2020年度国際行動論A(前期月曜3限)のページ
6月15日授業の意見・感想から
- 東京オリンピック・パラリンピックをめぐる社会問題を知り、ウェブアクセシビリティの課題を身近に感じた。
- 青山より 残念なことであるが、「歴史は繰り返す」のことばどおり、オリ・パラをめぐる社会問題が起こったことにとても驚いたことを覚えている。
- 企業や府省、国や自治体などがウェブで情報を発信する際には、ウェブアクセシビリティが損なわれないようなルール・罰則を設けるべきだ。
- 青山より アメリカの連邦政府機関はリハ法508条を遵守しなければならないが、同等の強制力をもつ法律が日本にはない。
- ウェブ上である情報を強調したい時に、色を変える、文字を大きくする、何度も書き込むという方法を思いついたが、それらは必ずしも十分ではないということを具体的に知ることができた。
- 青山より 授業で説明したとおり、赤色だと目立つ、強調するために赤色を使う、というのは必ずしも正しくない。周辺領域として、グラフィックデザインや印刷の分野での議論を調べてみるとよい。
- 情報の発信者の視点からは、スクリーンリーダーの利用についての配慮は十分に行き届かない可能性があるのではないか。
- 青山より 無償で利用できるスクリーンリーダーは多くのパソコン、スマホにすでに組み込まれているので、アクセシビリティ向上のためのツールとしても今後ますます利用が進む可能性がある。
- 大学にも障害者や高齢者の学生がいるので、アクセシビリティの配慮の対象になるはずだ。
- 青山より アクセシブルな教育、教育のユニバーサルデザインは広く研究・実践されている。本学でも障害を持つ学生への支援が行われている。
- 文字を大きくして目立たせるなどの「見やすさ」を重視したデザインは必ずしも適切だとは限らないということを、これまでまったく気に留めていなかった。
- 青山より 一般的に、コミュニケーションの相手の立場を理解する、他者の視点から人間関係を観察する、ということは難しい。アクセシビリティの社会問題についてもまったく同様である。
- 日常生活での「当たり前」を不便に感じている人もいるということに気づいた。
- 青山より 幸いにも、この授業の受講者は「当たり前」を特に不都合なく享受している(青山も同様である)。だが、「当たり前」を違う角度・視点から考察するということに取り組んでいきたい。
- これまでは単にサービスを受ける側の立場のことしか考えてこなかったが、アクセシブルなサービスを提供する側の立場のことを考えることができた。
- 青山より アクセシビリティ確保・向上はさまざまな領域で、ビジネスの現場でも、公的なサービスの提供においても、非常に重要な課題となっていることを、今後も心の片隅にとめておいてもらいたい。
6月8日授業の意見・感想から
- 祖父母がスマホを使っているが、非常に困っているようだ。自分はわかりにくい操作についてインターネットを使って調べることができるが、祖父母は独力で調べることができない。スマホ購入時に受けた説明はわかりにくい言葉が多く、祖父母はほとんど覚えられず、すでに多くのことを忘れてしまった。
- 青山より 困りごとを調べる、トラブルシューティングするためには、困りごとやトラブルについての知識=メタ知識が必要になる。不慣れな分野や最新の技術の情報収集については誰しもが困難に直面する。高齢者であればなおさらである。
- インターネットを利用していた祖父母が、ある時に利用をやめてしまったところ、最新の事情についていけず、利用を再開することが難しくなった。
- 青山より とても興味深い事例だ。適切なサポートや配慮があれば利用を再開して、インターネットを通じて目的を達成することができたはずだ。サポートや配慮が得られないことで、利益を享受できないのは大きな損失だ。
- 日本の役所での住民書発行や住所変更の手続きは日本語が必須なので、外国人にはわかりにくい。しかし、最近は英語やポルトガル語での手続きができるようになってきた。インターネットでの情報提供も多言語対応になってきた。
- 青山より 多言語対応はウェブアクセシビリティの観点でも大きな課題だ。災害情報や避難情報を外国語でどのように提供するかも大きな課題になっている。
- スマホの普及は、想像していたよりも最近の出来事だ。
- 青山より 今後の社会でも、これまでにない情報通信機器・サービスの普及もあっという間に進行していくことが考えられる。
- 近所のお年寄りが食事宅配などの生活支援サービスを電話を通じて利用している。
- 青山より 生活支援サービスがウェブを通じて利用できるようになるのか、これまでどおり電話を通じて提供されるのか、10〜20年後の社会はどのように変化しているだろうか。
- インターネットを利用できる環境が身近にあるということと、インターネットを実際に利用できるということは同義ではない。
- 青山より サービスが身近で提供されていても、提供されている場にアクセスしにくい、アクセスできない、ということはありうる。サポートや配慮があればアクセスできるようになることが多い。
- インターネットを利用できなくてもテレビや新聞などを利用することで情報格差の問題は解消されるのではないか。
- 青山より 一般的なニュースを知る、政治問題や社会情勢についての最新情報を知る、という観点では問題ないかもしれない。一方で、政治問題についての意見を表明したい、社会情勢についての提言をしたいというような場合、テレビや新聞などのメディアは必ずしも期待に応えられない可能性がある。だとすると、社会参画の点で、ネット利用者と非利用者との間での情報格差が社会参画の格差につながる危険性がある。
- YouTubeでは字幕を表示させることができるので、視覚障害があっても多くの情報を得られる。
- 青山より YouTubeで政治に関する情報や住民サービスについての情報が提供されるようになった場合、字幕の有無は非常に重要な意味を持つ。
- インターネットに関連するさまざまなツールやサービスのデザインを改善できるはずだ。その際に、インターネット分野に精通していない人や困難や不安を抱えながら利用している人からの意見を取り入れるべきだ。
- 青山より アクセシビリティについての調査や助言を行う企業が多くある。これまで以上にアクセシビリティ分野のビジネスが盛んになっていくことが予想される。
- パソコンのキーボードを目線・視線で操作したり、読み上げソフトや点字キーボードで情報を得ることができるということを知っている。
- 青山より 交通事故や病気が原因で、後天的に肢体不自由になる人も多い。そのような場合にもさまざまなアシスティブテクノロジーが利用されている。
- 公的助成を受けるための手続きでも、オンラインとオフラインでの格差が生じている。
- 青山より オンラインでの手続きを行うためのサポートや配慮を受けられないために、オンラインでの手続きを円滑に進めることができない、という別の問題も生じている。
- ネットリテラシーとアクセシビリティの問題は関連していると思う。
- 青山より そのとおりである。アクセシビリティの問題は社会の問題であるので、社会の成員として身につけるべき知識・スキルである。
- 知的障害を持っている人がインターネット、スマホを利用している様子を実際に見聞きしたことがある。
- 青山より 障害者が誰の力も借りずにインターネットやスマホを簡単に利用することはできないとしても、適切なサポートや助言があれば、インターネットやスマホを利用できる。このことを通じて、社会参画や自己実現が達成される。
- 情報アクセシビリティの負の側面は、かつては参政権が制限されていたことと同様の社会問題である。
- 青山より 情報通信機器・サービスが今まで以上に社会インフラに組み込まれていくと、これまで以上に負の側面が現れてくる可能性がある。