雑談 その2 ロシアの生理用品のCMについて

 2013年6月20日頃、ロシアの生理用品のCMが衝撃的すぎるというニュースがインターネット上で頻繁に見られた。ニュースによれば、「あるブランドのタンポンを使用している女性と使用していない女性が同時に海を泳いでいたところ、そのブランドのタンポンを使用していない女性がサメに襲われてしまった」というのがCMのストーリーだ。このニュースはソーシャルネットワークサービスが「仰天ニュース」「海外発びっくりニュース」として扱ったこともあり、あっという間にネット上を駆け巡った。

 また、このCMは動画配信サイトYouTubeの複数の利用者によって公開されたため、実際にCMを見た人がこのページの読者の中にもいるかもしれない(現在でもこのCMを簡単に見ることができる)。このCMを見た人の感想は、「女性がサメに襲われたのは漏れ出た経血が原因だった、というストーリーがすぐに理解できなかった」「女性がサメに襲われる衝撃的な映像をCMにしてしまうのはぶっ飛びすぎている(しかも、女性は腕が食いちぎられ、鮮血が宙を舞った!)」「日本で同様のCMを放送したら大問題になってしまうのでは?」「女性の生理の扱い方が日本とは大きく違い、興味深い」というようなものが特に目立った。

 結論から言うと、このCMはいわゆる「釣り」であった可能性が高く、非常に多くのインターネットユーザーが「釣られた」格好になった。このCMにまつわるニュースは英語圏でも広まったが、「海外でも話題になっているエグいCM」という触れ込みが「釣り」現象をさらに加速させたように思われる。非常に興味深いことに、いくつかのウェブサイトでは、生理用品の機能や広告の戦略についての解説を添えるかたちで、CMが紹介された(もちろん、現在もその紹介を見ることができる)。「偽物のCM」について「本物の解説」がなされているということは奇妙なことだ。一方で、このCMが実は偽物であるということはほとんど話題にならなかった。インターネットの掲示板やまとめサイトなどの上っ面だけを読んだだけでそのような短絡的な考えに至ってしまった人がとても多かったのではないかと、筆者は想像している。今からでも遅くないので、以下の3点を参考に、より入念に情報検索をしてもらいたい。

 第一に、このCMがロシアで放送されたという設定について検証しよう。CMの一番最後には「Now leak-proof」というタグライン(キャッチフレーズ)が挿入されているが、その背後に流れる音声はロシア語のように聞こえる。タグライン自体は非常に簡単な英語表現なので、多くのロシア人にもなじみ深く簡単に理解できるものなのかもしれない。しかし、ごく一般的に考えて、タグラインの表記とキャッチフレーズの音声が異なる言語で表現されるというのは不自然だ。

 第二に、CMで扱われているタンポンのブランド名をキーワードに、このブランド商品が実際にロシアで販売されているのかを調べてみる。興味深いことに、このブランドはアメリカ企業のものだが、ウェブサイトにはロシア語サイトやロシア総代理店へのリンクが存在しない。このブランドは多国籍なブランドなのだが、ロシアでは扱われていないようなのだ。参考までに、このブランドはかつては日本国内でも販売されていたのだが、現在では販売されていない。昭和50年代には頻繁にテレビCMが放送されていたので、このブランド名を記憶している男性は少なくないだろう(私はその中のひとりだ)。なお、Wikipediaによれば、このブランドは2001年には日本市場から撤退している。

 第三に、「tampon cm russia」などのキーワードで検索した情報をたどっていくとわかるのだが、ニュースが広まったのとほぼ同時に「このCMは偽物である」というフォローアップがなされている。ただし、このフォローアップは大きなニュースとして扱われなかったし、「もともとのニュースは誤報であった」というような訂正が広くなされることもなかった。丹念に情報を検索すると、このCMはとあるコメディ映画の劇中で放送されるものだということも判明する。さらに丹念に情報を検索していけば、このCMが放送されるシーンを含む映画の予告版を見ることもできる。このコメディ映画についての情報はWikipediaにも掲載されているが、そこにはこの「偽物のCM」についての情報も含まれている。

 以下は雑談だ。上述の「偽物のCM」が話題になったのとほとんど同時期に、日本では「油断できちゃう」をキャッチフレーズとした生理用品のCMが頻繁に放送された(偶然にもタンポンのCMだった)。一般的に、商品やサービスの広告は「安心」「安全」のようなキャッチフレーズやイメージを前面に出すことが多いように思われるが、「油断」のような逆説的なキャッチフレーズやイメージを戦略的に使用することに、一人の視聴者として非常に驚いた。しかもこのCMでは非常に明るいメロディーのCMソングが使用されていて、登場する2人のモデルの演技も底抜けに明るく、開放感にあふれている。男性のほとんどは生理用品を使うことがないため、生理用品を使う女性の心理を理解することは非常に難しい。このCMの放送に関わったであろう男性、つまり、生理用品を製造販売する企業やCMの製作会社に所属する男性がこのCMにどのような思いを抱いていたのか、少しだけ想像してみるのもよいと思う。逆に、女性への理解という点で男性にはどのようなことがらが求められているのかを問い直す機会として、このCMを見てみるのも悪くない。もちろん、男性にとっても女性にとってもとてもよい機会となるだろう。

 さらに雑談だ。テレビCMは現代社会を映し出す鏡のような存在だ。一つの映像作品として鑑賞するに値するCMもあれば、世相を鋭く風刺するCMもある。また、登場する人物像や使用されるタグライン・キャッチコピーが不適当であるとして、CMが放送禁止になってしまうこともある。世界各国で制作・放送されているテレビ番組が政治や文化の影響を受けているのとまったく同様に、テレビCMという短い映像にも各国の抱える文化的・社会的な文脈が浮き彫りになる。CMが扱うブランドが地域ブランドであっても国内ブランドであっても多国籍ブランドであってもまったく同様だ。社会学的研究や比較文化研究という視点でテレビCMを視聴するのはいかがだろうか。